第47章 《閑話》とあるアイドルの休日
色取り取りの野菜。一般的なスーパーではなかなかお目にかかれない肉の塊。さっきまで泳いでいたのかと思えるくらいの鮮魚。
ここには何だって揃っていた。
そんな多種多様な食材が立ち並ぶ中、俺達は肩を並べて歩いていく。
春人も、楽しそうに…見えなくもない。
つやつやの赤パプリカを見つめて、春人は言った。
『それにしても、歯医者の技術は いつの間にか随分と進歩していたのですね』
「そういや、あんた治療痕があったんだな。前に歯医者に行ったのはいつだ?」
『私が、高校生の時です』
「その時は1人で行ったのか?」
『いえ…。その時も、付き添ってもらいましたよ』
そう言う春人は、気のせいか どこか寂しそうに見えた。
俺は何故だか、その “ 付き添い人 ” の事が気になった。
「…春人、その付き添いは」
『そんな事より、これから何を作るのか。それを決める方が急務なのでは?』
「あ、あぁ。そうだな」
何となく分かった。はぐらかされたな、って。
もう一度、追求してみようか。いや、もしかすると思い出したくないのかも。それを無理やり聞き出すのもどうだろう。
そんな事をぐちゃぐちゃ考えている間に、春人の方がまた口を開いた。
『楽がイメージする、凝った料理ってどんなものです?』
「…そうだな。やっぱり、煮込み系か?」
『そうですか。私は、オーブンを使った物を考えていました』
「たしかに。せっかく家にでかいオーブンがあるのに、あんまり使った試しねぇな」
しばらく黙った春人だったが、やがて俺を見上げて言った。
『ビーフシチューのパイ包み焼き。なんてどうですか?』
「いいなそれ、かなり凝ってる感じする!」
『…パイは、冷凍パイシートで済ますという手もありますけど』
「ばーか。そこは手焼きに決まってるだろ。俺はな、手間のかかった料理に飢えてんだ」
春人は曖昧に微笑んだ。
俺を、面倒な奴だと思った顔にも見えるし、どこか楽しそうな表情にも見えた。