第47章 《閑話》とあるアイドルの休日
『そんなに酷い虫歯なら、目視でも歯が黒くなっているのが確認出来るはずですよ!』
「大人虫歯って知ってますかぁ?」
『大人になってからなる、虫歯ですか』
「そう。中でもこれは、再発虫歯ねぇ」
再発虫歯とは、過去に治療した歯が再び虫歯になることである。被せ物の中で菌が繁殖し黒く変化する為、見た目では発見出来ないことが多い。
らしい。
「で、やっかいな事に大人は虫歯の痛みを感じにくいからねぇ。痛みを感じるのは、炎症が神経に達してから」
『つまりは、神経を取らなければならない…?』
「うーん。まぁ、被せ物取って 中見てみないと分からないかなぁ」
春人が1番恐れている、神経除去。さきほどこいつは、フォークでパスタを巻き取るように。と形容していた。
「で。さっき、この後 診る予定だった患者から 予約キャンセルの電話が入ったんですよー。だから予約枠の空きありますけど、このまま治療しちゃいますぅ?」
『…いえ、今日は、その まだ心の準備が出来ていないので帰りま』
「こら、逃げるな!やってもらえよ。じゃなきゃ、あんたもう次は来ないだろ」
『ぅ…』
春人は身を小さくして、震えた声で お願いします。と呟いたのだった。
まずは、麻酔からなのだが…
『が、楽。手を、手を握っててもらえます?』
「ここまで来たら、何でも付き合ってやるよ」
ほら。と手を差し出すと、信じられない力で握り込まれた。
「はーい。開けてもらえますかぁ?」
医師がそう言うと、春人はおずおすと口を開けた。すると、すぐに極細の注射針が口の中に消えていく。
あまりの恐怖から、きつく目を瞑り眉間に深い皺を刻んだ。俺の手には、より強い力が加えられる。
その様子を見ていた医師は、呆れた声でこう言った。
「やめますかぁ?」
「す、すみません!どうか続けてやって下さい」
春人の脅え様に、さすがに少しイラついたようだ。しかし医師は、すぐに止めていた手を動かしたのだった。
何故、俺がこいつの代わりに謝らなければならない…