第47章 《閑話》とあるアイドルの休日
それなりに忙しい売れっ子アイドルの休日。そう聞いて、一般の人はどんな1日を想像するだろうか。
セレブなパーティで豪華な食事?スポーツカーで海岸をドライブ?気になる異性と心ときめくデート?
そのどれもが、今日の俺には当てはまらない。
何故なら俺は今…
歯医者にいるのだから。
「ありえなさすぎて、俺いまちょっと引いてるぞ」
『………』
待合室。隣に座る春人は小さく震えていた。
どこからどう突っ込んでよいものか考えていたのだが、まだ受付を済ませていないことに思い至った。
「とりあえず、保険証出して来いよ。待っててやるから」
『楽が…代わりに行って来て下さい…』
「はぁ?嫌だよ、なんで俺が」
『お願いしますよ、お願いしますよ!
私は歯が痛いんですよ!これから何をされるか想像するだけで、もう恐怖でどうにかなりそうなんですよ!』
「わ、分かったから ちょっと落ち着け!」
俺は保険証を受け取ると、それを特に注視することもなく受付へと向かう。そしてカウンターの中でキーボードを叩いている女性に声を掛ける。
「お願いします」
「あ、はい。今日はどうされま……って!え、TRIGGERの八乙女さんじゃないですか!?」
どうやら、色眼鏡とマスクくらいでは もう何の意味も為さないらしい。
俺は、はい とか いいえ とかを答える代わりに、マスクを下げて にこりと微笑んだ。
「は…!す、すみません。大きな声を出してしまいまして!
気を取り直しまして、本日はどうされましたか?」
「あぁ えっと。なんか、歯が痛むとかで」
「そうなんですか。アイドルの方でも、やっぱり虫歯になるんですね」
「あ、歯が痛むのは、俺じゃないんです。俺はただの付き添いなんで」
「付き添い…
えっ!も、もしかして、八乙女さんに隠し子がっ!?」
隠し子どころか、嫁も、彼女すらいねぇんだよ。なんて心の中で呟いてから 俺は春人を指差した。