第47章 《閑話》とあるアイドルの休日
体を拭いている最中、インターホンの音が聞こえた。こんな時間に誰だ、と思って時計を確認する。針は、昼の11時を指していた。
全然、こんな時間ではなかった事に驚きつつ インターホンカメラを覗く。
そこに立っていたのは、春人だった。彼の姿を見た瞬間、失っていた記憶が ぐわっと蘇った。
そうだ。昨夜 俺は、奴に担がれてここまで帰って来たのだ。
それを思い出したのと同時に、インターホンカメラの通話ボタンを押す。
「いま鍵開けるから、上がって来てくれ」
通話ボタンの隣にある解錠ボタンを押し、エントランスを潜る春人の姿をカメラ越しに確認した。
ほどなくして、今度は玄関備え付けのインターホンが直接押された。
ちょうど体を拭き終わったところだったので、今度は髪を拭きながら玄関扉を開ける。すると、そこには当然春人が立っていた。
『な…!な、んて格好で出るんですか!』
「は?なんだ、大袈裟な奴だな。べつに全裸で開けた訳じゃねぇんだから いいだろ」
腰にタオルを巻き付けて、髪を拭く俺から春人は目を逸らして言った。
相変わらず、マイスリッパを持参してやがる。変わった慣習だと思わざるを得ない。新居に毎回 新しい靴下を用意してくる引越し業者か。
「昨日は悪かったな。迷惑かけた」
『いえ…大丈夫です』
「でも、重かっただろ」
『感謝する気持ちがあるなら、早く服着てくれます?』
「分かったって」
冷ややかな視線を背中に感じながら、俺は再び浴室へと向かった。
そして要望通り服を着て、髪を乾かしてから春人の待つリビングへと戻る。
所在なさげに立ち尽くしていた春人を椅子に座らせ、その向かいに自分も腰を下ろす。
「で?どうした今日は。せっかくのオフだってのに、こんな場所に何しに来たんだよ」
『二日酔いは平気ですか?』
「いつもだったら あれだけ飲んだ後は、かなり苦しむけどな。今日は…あれだ。
二日酔いなんか簡単に吹き飛ばすぐらいの、大事件が起きてな」
『二日酔いを吹き飛ばす事件って、一体何なんです?』
「それは…言いたくねぇ」
俺はさきほど自分を襲った悲劇を思い出し、がっくりと項垂れて そう告げた。