第47章 《閑話》とあるアイドルの休日
玄関扉を開くと、そこは真っ暗だった。とりあえず、中から女の人が飛び出してくる様な状況には直面しなくて済んだようだ。
そんなことより、電気のスイッチの場所が分からない。どうしたものかと考えていると、勝手に辺りが明るく照らされた。
『…自動照明とか、このセレブが』
ただの僻みに近い独り言に、楽が答えるはずはない。とっくに自立を諦めた彼は、ウトウトと舟を漕いでいた。
『靴は…もういいか』
そろそろ私の限界も近い。とにかく、彼をベットまで運ぶことだけに集中する。
寝室の場所を聞いても、ろくに答えない楽だったが。カンを働かせて その部屋を見つけた。
勢いを付けて、彼をベットに放り投げる。その後、荒くなった呼吸を整え、私はようやく靴を脱がしてやるのだった。
「ん……ぅ」
『はぁ、疲れた』
気持ち良さそうに仰向けで寝転がる楽。私はそんな彼に背を向ける形で、ベットの端に腰を落ち着けた。
ようやく一息つけて、ゆっくりと天井を仰いだ。すると、ありえない一言が私の口から飛び出す。
『すごいな…ここ。楽の匂いで、いっぱいだ』
自分で口にした言葉に、言い終わってから驚いた。それから、何を考えているんだ、と付け足した。
そんな自分でも自分が信じられない私を、Wonder Wonder Landのウツボ兄弟のぬいぐるみだけが見ていた。
あれは いつかの楽とのデート中、ユーフォーキャッチャーで獲得したぬいぐるみだった。
懐かしさにぼーっとしてしまった頭を、数回 左右に振る。それからキッチンへと向かい、適当なグラスを選び取った。
人の家の冷蔵庫を勝手に開けるのは気が引けたが、そうも言っていられないだろう。グラスに、よく冷えたミネラルウォーターを注ぐ。
『楽。がーく』
2度名前を呼んだが、まるで反応がない。相変わらず、あどけない寝顔を晒している。仕方なく、軽く肩を叩いた。
『楽、ほら。水飲んで下さい。いま飲んでおかないと、明日が辛いですよ』
そう、声を掛けたとき。
肩を叩いていた腕を、ぐんと引かれた。
驚く暇もなく、持っていたグラスは冷えた水ごと 床へと転がった。