第46章 貴方達となら、また
沢山の話を聞いた。それは良い話ばかりだ。
多額の契約金。直近でのメジャーデビューの約束。鮮烈なデビューを印象付ける具体的なプロモーション。もうCM出演を確約するとまで言ってくる事務所もあった。
結局、私の目の前に膨大な資料を残し、彼らはやっと去ってくれた。
ずっと、夢に見ていた展開。嬉しい。嬉しいのに、私の頭の中には 謎の黒いモヤが、ザワザワ蠢いていた。
それは、消えてくれない喉の違和感のせい。
この1時間程 私自身は、ほとんど言葉を発していない。ずっと彼らの勧誘説明を聞いていただけだ。
それでも時折、2言3言くらいは言葉を口にした。
その時に顔を出す、詰まり、吃音、違和感。のど飴は何の意味もなさなかった。
「これを」
『マスター?』
マスターが、1人になった私に差し出した物。それは名刺だった。
“ 医療法人 東京耳鼻咽喉音聲手術医院 ”
そこには、こう書かれていた。
名刺に落としていた視線を、今度はマスターの顔へ上げる。
「私の、気のせいなら良いんです。
最悪の可能性を潰す為だと思って、どうか 医者に掛かって下さい」
マスターの言葉を聞いた瞬間。真剣な顔を見た瞬間。私の頭を覆っていた黒いザワザワの正体が何なのか、ハッキリ分かる。
これは、言い知れぬ 不安感だ。
本能的に、察したのだろう。私の人生が、徐々に暗がりへと転がり始めていることに。