第45章 私のところに、帰って来て欲しい
【side ミク】
上手に歌えたかどうかは分からないけれど、とにかく自分自身が楽しむ事は出来た。
沸々と遅れてやってくる高揚感を抑えて、ステージを降りる。
すると、今まで私の事を知らなかったスタッフや、アシスタント達が声を掛けてくれた。
それは肯定的なものばかりで、私は握手を交わした。目頭が熱くなるのを堪えながら。
そして、それが落ち着いた頃合いで ようやく周りを見渡す。すると今日ずっと側に付いていてくれた社長が、近くに駆け寄って来た。
「ミク、素晴らしいステージだったよ。頑張ったね」
「ありがとうございます。あの、社長。TRIGGERさんやRe:valeさんは…」
「あぁ、もう行ってしまったみたいだ」
「そんな!私、まだ御礼も言えていないのに」
「そうだな。まぁエンディングトークの時に、また顔を合わせるだろう。その時でも良いんじゃないかな?」
「そう、ですね。
っていうか…夢じゃないですよね。本当に、あの御二組が私の応援をしてくれていましたよね!」
私がワタワタ言うと、社長は笑って “ あれは夢見たいな現実だった ” そう答えてくれた。
それを聞いてから、改めてスタジオの一角を見つめる。そこは、彼らが立っていた場所。
「TRIGGERの、プロデューサーさんも…私に何も言わずに、行ってしまったんですね」
目を伏せ呟くが、社長は、それには何も答えてくれなかった。
エンディングトークの収録までには、まだ少し時間がある。私と社長は一度、楽屋へと戻って来た。
すると、扉の前に スタッフが1人立っていた。彼は私達を見つけると、紙袋を差し出しながら こう言った。
「あぁ良かった!楽屋、誰もいなかったから困ってたんです。
これ、あなたに差し入れですよ」
「はぁ、それはどうも。でも一体、誰からですかな?」
「それが、名前を聞いても教えてくれなかったんですよ。
自分、この業界に入ってまだ日が短いんで、アイドルの人の名前 全然覚えられてないってのに…」
「これを私に下さったのは、アイドルの人なんですか?」
「えぇ、多分。だってあんなに綺麗な男の人、アイドルでもなきゃ そうはいないですからね」
私と社長は顔を見合わせる。きっと今、私達は同じ人物を思い描いているだろう。