第45章 私のところに、帰って来て欲しい
私がそう伝えると 彼は初めて、救われたような顔を見せた。それを見た瞬間、私は悟った。
彼のこの顔を見たかったから自分は、八乙女プロに移った後も社長へ連絡を入れ続けていたのだろうと。
しかし それは逆効果だったようで、彼をより追い詰めるだけだった。それが分かった時、社長への定期連絡を打ち切ったのだ。
もしかすると、いま救われたのは 社長ではなく自分の方かもしれない。
いま、初めて私は 古巣から飛び立てたような心地だった。
「なに笑ってるの」
『……私、笑ってました?』
「嬉しそうだったよ。何か、良いことあった?」
隣に腰掛けて、柔らかい微笑みを向けてくる天。いま私の胸の内にある、この温かい気持ちを言葉にするのは 難しい。
説明するのを諦め、私も微笑む事で答えを返したのだが。楽が横から、ズバっと切り込む。
「おい。笑ってる場合じゃねぇだろ。どうすんだよ?結局、あのアイドルの緊張を全く解いてやれてねぇぞ俺達」
「たしかに。凄くガチガチだったよね。あれで本番は大丈夫なのかな?心配だ」
『そう。そうです。楽と龍の言う通りです。私は、まだ何の目的も果たせていないんです。
さぁ。ここからですよ。気合い入れていきましょう』
「……はぁ」
(その気合いが、空回りしてるんだって そろそろ気付いて欲しい)
その数時間後。
私達は満を持してAスタへと向かう。理由は勿論、ミクのオープニングトークを見学する為である。
本番が始まってしまえば、中に入れなくなってしまう。そうならない為に、早めにスタジオ内に赴いた。
女性アイドルグループは、まだ誰も入場の為のスタンバイについていない。皆、思い思いの場所で過ごしている。
ガヤガヤと賑やかだった現場は、TRIGGERの来訪で一瞬 静まり返った。
「え、TRIGGER?」
「やだカッコいい…」
「でも何で?エンディングトークまで、もう出番はないはずなのに」
「わざわざ誰かのオープニング見学に来たのかな?」
「やば、無駄に緊張してきたっ」
「…分かってたけど、目立つね。ボク達」
『えぇ。きっと、格好良すぎるんでしょうね』
「は。また思ってもねぇことを」
「はは…えっと、彼女はどこだろう?」