第45章 私のところに、帰って来て欲しい
スタジオの端、彼女はいた。その身を小さく震わせて。自分の手の平に 人 と言う字を3つ書いて、それを豪快に飲み干していた。
「うぅ。もう1回!人 人 人…」
「ミク、落ち着いて!そんなに人ばかり飲んでたらお前、食当たりを起こしそうだ」
「だって社長!テ、テレビですよ?しかも全国放送の!緊張してどうにかなりそうなんですよ」
あぁ可哀想なミク。あんなに硬くなってしまって。
私はそれを見るなり、楽の背中をぐいぐい押した。
「な、何で押すんだよ」
『今すぐに彼女の緊張を解いてあげて下さい』
「なんで俺なんだ。お前が自分で行けばいいだろ」
『軽口で女性の気持ちをほぐすのは、貴方の十八番でしょう。こういう時にこそ役立てなくてどうするんです』
「お前な。そりゃ偏見だ。勝手な事言いやがって」
しかし。なんだかんだ優しい楽は、溜息を吐きつつもミクの方へと歩いて行った。そして、その後を天と龍之介も追いかける。
私は、少し離れた場所から祈った。
どうか彼らが、ミクの緊張を緩和してくれますように。
「なぁ、あんた」
「!!
あ、八乙女 さん」
「そんなに緊張してたら、歌えるもんも歌えなくなるぞ」
「そ、そうですよね…。私も、分かってはいるんですけど、こんな大きな舞台初めてで」
ミクは、突然現れた楽の高圧的な物言いに、萎縮してしまった。
…しまった。人選ミスだったろうか。天使モードの天か、人当たりの良い龍之介をトップバッターに持ってくるべきだったかもしれない。