第44章 余裕たっぷりの顔して そこに立ってりゃいい
楽のパートを黒。天のパートを赤。龍之介のパートを青のボールペンで囲う。その楽譜を3部用意して、確認作業に入る。
『すみません。割と弄らせてもらいました』
「予想の範囲内。大丈夫」
「……うん。出来る」
静かに楽譜に視線を落とす、天と龍之介の頼もしい言葉。
元々、冒頭は天が歌う予定であった。そこを、楽が歌う予定だったパートと入れ替えただけでは、バランスが悪かったのだ。
『自分のパートをしっかりと頭に入れて下さい。時間的に、猶予は15分とありません。残念ながら、歌い合わせをしている余裕はないので。ぶっつけ本番でお願いします』
彼らは、頷くことさえしなかった。ただ、熱心に直向きに、楽譜と睨み合っていた。
私も、もうそれ以上の言葉を口にはしない。無論、彼らを集中させる為だ。
周りは、本格的に最終スタンバイへと移行していた。スタッフ達が音の確認をし、照明の調整に入り、スモークが焚かれる。
そんなバタついた中でも、3人は一度も顔を上げずに 楽譜だけを見つめていた。
さすがの集中力だと、感心せずにはいられない。
『………』
(もし、間に合わなかったら…。録り順を変えてもらうか。この番組のプロデューサーとは、そこまで懇意にしているとは言えないから不安が残るけれど。それに、変わってくれるグループはどこだろう。今日の出演者の中で、うちに1番恩義を感じている事務所は)
「春人」
1人静かに “ もしも ” を考えていると、楽が私の名を呼んだ。
顔は上げずに、そのままの姿勢で言葉を紡ぐ。
「出来なかった時のこと、ごちゃごちゃ考えるんじゃねえ。
俺らが、やるって言ったら やる。大丈夫だって言ったら大丈夫なんだ。出来るって言ったら出来るんだよ。
あんたはただ、いつもみたいに余裕たっぷりの顔して そこに立ってりゃいい」
『……心得ました』
今のは、ヤバイな。
かなり、ぐっときた。