第44章 余裕たっぷりの顔して そこに立ってりゃいい
『私からの説明は、もう不要のようですね。
とりあえず、移動しましょう。時間が惜しい』
私は、レイニー&ブルーの楽譜に視線を落として歩き出す。前を一切見ない私が誰かにぶつからないよう、龍之介が前を歩いてくれた。
パートを変更する部分に、赤ペン走らせる。
「歩きスマホならぬ、歩き楽譜」
「おい天。言ってる場合か。今から変更って、尋常じゃねぇぞ」
「キミが、あんな顔をして、あんな内容のトークをするから悪い」
「…俺のせいかよ」
「あはは。楽のせいじゃないけど、でもお客さん達は さっきの楽の言葉を聞いて 思ったはずだよ。
楽が歌う、レイニー&ブルーの冒頭が聴いてみたい。ってね」
「その通り。そして、観客達が1番聴きたいって思うかたちで 歌を届けるのがボクらの仕事。気合い入れなよ。リーダー」
どん。
と、私は体ごと龍之介の背中にぶつかってしまう。それが、Dスタジオに到着したという合図だった。
「ご、ごめん春人くん。一応、もうすぐ着くよって声掛けたんだけど」
「キミ、面白いぐらい前見てなかったよね」
『それだけ龍のナビゲートを信頼していたんですよ』
「ほんと?嬉しいな」
「ものは言いようだね」
「な、なんでお前らはそんな余裕なんだよ」
龍之介のおかげで、私は移動中にパート再分担に専念することが出来た。その甲斐もあり、もうほとんど作業は終わっていた。
仕上げをする為、スタジオ内に用意されていた簡易式のテーブルで作業を再開する。
修正が書き込まれていく楽譜を、3人は覗き込んていた。
『パートが変わるのは、貴方だけじゃないんですよ。楽。それなのに、まだ腹が決まらないんですか』
相変わらず目線は落としたままで、楽に話しかける。
「いや。やってやるよ。
いつまでも俺だけ逃げ腰でいたんじゃ、格好付かねぇだろ」
『いいですね。それでこそ、私の知ってる八乙女楽です』