第94章 抗うもの
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熱にうなされながら、水琴は誰かの声を聞く。
__ここはまるで鳥かごだ。
__自由ってなんだ?どこにあるのかな。
よく知る少年の声に、頭の中の霧がだんだんと薄くなり隠されていた記憶が蘇る。
__何よりも一番怖いのは、俺がこの国に呑まれて人間を変えられることだ。俺は戻らねぇ。
漁船に乗り込み一人大海原へ漕ぎ出す少年。
横切る巨大船。轟く大砲の音。
旗が燃え、木片が舞い、血に濡れた黒のシルクハットが海に落ち、沈んだ。
ぐるぐると脳裏で浮かんでは消える記憶に水琴の心は悲鳴を上げる。
違う。
違う。
あれは、この世界のサボではない。
だってサボは、時機じゃないと言っていた。
力をつけ、堂々と出ていくんだと。
だから、大丈夫。
大丈夫なんだ。
微睡みから覚め水琴はそっと目を開く。
締め切られたカーテンから漏れる光で、夜が明けていることを知った。
遠くでルフィの泣き声がする。どこまでも悲しい、心を裂くような泣き声。
その泣き声に、記憶は現実になったのだと悟った。
「___っ」
こめかみを涙が伝っていく。
悲しみと同じくらいの悔しさが水琴の胸を襲っていた。
思い出すきっかけはいくつもあった。
霧の向こうから、私はあんなに必死に思い出せと叫んでいたのに。
「サボ……っ」
あの無邪気な笑顔を浮かべる少年は、もういない。