第94章 抗うもの
「いい?いくよ」
炎に向かい水琴が集中するように目を閉じる。
かざされた手から渦を巻く風が放たれ、眼前の炎を吹き飛ばした。
弱まった瞬間を見計らい駆け抜ける。痛む足も喉も無視して、ただひたすらに目の前の風を追った。
不意に冷たく冷えた空気が身体を包み込む。気がつけばグレイターミナルを抜け、静まり返った森へと足を踏み入れていた。
「エース!お頭!」
「水琴も!良かった、会えたんだな」
追手がいないか確認しながら慎重に足を進め、前方にダダン一家を見つけたところでようやく助かったのだと実感した。
先に小屋まで戻っていると思ったが、どうやら一部は残って待っていたらしい。
「ダダンをお願い。酷い火傷なの」
「うわ、お頭大丈夫か?!」
「それとルフィは__?」
「もう先に帰ってる。いやあ、それにしても無事でよかった」
背後に#n1#とマグラの会話を聞きながらエースはダダンを他の山賊に預ける。
既に自力で立つことができるまで回復しているダダンにあの薬すげぇな、と感心していると背後でどさりと重い物が倒れる音が聞こえた。
「水琴……?」
地面に倒れ、ピクリとも動かない水琴を呆然と見下ろす。
胸の動きは少なく、まるで呼吸が止まっているようだった。
「っ水琴!!」
傍で支えるマグラを押しのけ傍に寄る。小さいがきちんと呼吸をしていることに安堵し、しかし異常なまでの体熱感にこのまま死んでしまうのでは、と恐怖が込み上げた。
「落ち着けエース。まずは早く帰ってお頭と水琴を休ませねぇと」
「お前もボロボロだぞ。帰ったら休め」
周囲が宥め何とか小屋まで辿り着く。
手当てを受けルフィと共に寝かされるが脳裏にこびりついた水琴の倒れた姿が消えず眠ることは出来なかった。
ありとあらゆるものを飲み込んだ炎は、夜の裾がぼんやりと明るさを増すと共にひっそりとその勢いを弱めていく。
悪夢のような一夜が明けようとしていた。