第94章 抗うもの
「__エース」
そっと囁けばエースは勢いよく振り返り目を丸くした。その額に血の流れた跡を見つけ、前言撤回し暴れ回ってやろうかと思ったが懸命に怒りを静めた。
「どうしたの?いったい何があったの。サボはどこ?」
「……サボは父親に連れてかれた」
エースは昼にあった出来事を水琴へと語る。ブルージャムにより捕まってしまったエースたちを助けるために高町へ戻ってしまったこと。
二人はブルージャムに言われグレイターミナルのあちこちに荷物を運ぶ手伝いをしていること。
「おれは……サボにとって何が幸せなのか、分かんねェ」
悔しそうにエースはそう呟く。
「ブルージャムは貴族に生まれるってことは幸福の星の下に生まれるってことなんだって言ってた。大人になりゃそれが分かるって」
所詮エースたちとサボは生まれた世界が違っていて。
それぞれの場所で生きるのが一番幸せなんだと。
そんなことない、と否定したいのに否定しきる根拠を持たないエースはどうしたらいいのか分からず途方に暮れていた。
「あいつは強い。本当に嫌なら、絶対にまた戻ってくる。__だけど、もし戻ってこなかったら」
「エース」
俯くエースの肩をそっと抱き引き寄せる。生まれに縛られた小さな子どもはすんなりと水琴の胸に収まった。
「__私も、サボにとって何が本当の幸せかは、分からない」
だけど、一つだけ言えるのは。水琴は水琴だからこそ持つ絶対の根拠を胸に言葉を紡ぐ。
「生まれた場所で生きることだけが、幸せなわけじゃ絶対にない」
だから水琴はここにいる。
常識外れの偉大な海で、自由だけを旗印に海賊として生きている。