第94章 抗うもの
そのつらさも、苦しみも、決して十歳の少年に背負わせていいものではない。
きっと、染まってしまう方が楽だったに違いない。
親が言うのだから、周りがそうなのだからと己の心は見ないふりをして。
それでもサボは、鎖に絡めとられることも押しつぶされることも良しとせず、しっかと自分の足で立つために外の世界へ飛び出したのだ。
なんという度胸、いや勇気だろう。
青いシルクハットの少年は軽やかに駆け出すと海を背にエース、ルフィ!と兄弟へと呼び掛けた。
「俺たちは必ず海へ出よう!この国を飛び出して自由になろう!広い世界を見て俺はそれを伝える本を書きたい。航海の勉強なら何の苦でもないんだ。もっと強くなって海賊になろう!」
想像を絶する境遇であるにもかかわらず、サボの表情は一片の曇りもなく希望に満ち溢れていた。
どれ程の強さをこの小さな身体に秘めているんだろう。
同じ年の頃、もし水琴が同じような境遇にいたとして、彼のようにまっすぐ立つことができただろうか。
無理だっただろうな、と水琴は眩しそうにサボを見つめる。
水琴が今強く在れるのは支えてくれた皆のおかげだ。
たくさんの人に愛情を注がれ、背中を押され、そうして今ここに立つことができている。
もし、サボのようにたった一人だったとしたら。
水琴という海賊は、恐らくどこにも生まれなかっただろう。
海に向かい夢を叫ぶ三人の姿を後ろからそっと見守る。
願わくば、彼らの夢がその通り叶いますように。
「___?」
ずきん、と頭に痛みが走る。
それは一瞬で気にするほどの痛みではない。
しかし痛みとは別に脳裏を一瞬過ぎった“何か”に、水琴の心は酷くざわついた。
ルフィの語った夢に、二人が呆れながらも笑っている。
成長しても変わらずあるだろうその光景に、何故か酷い違和感を覚えた。
心臓がどくどくと脈打つ。嫌な汗が滲む手をそっと握りしめた。
「__大丈夫」
訳も分からず水琴はそう呟く。大丈夫、きっと。
頭の中の霧は晴れてはくれなかった。