第92章 宣戦布告
小屋までの道のりを水琴の背中を見つめながら静かにエースは歩く。
少し予定とは違ったが、想いを吐き出した後のエースの胸中は不思議なほど穏やかだった。
振られた後なんてもっと落ち込んでしかるべきと思っていたのに、妙な感じだ。
先程の水琴の言葉を思い返す。
一見すれば子どもをあしらう大人の対応だろう。だけどそれで諦めるつもりはエースには毛頭ない。
一度垣根を越えたエースは清々しいほどに開き直っていた。
何度だって言ってやる、とエースは改めて決意する。
水琴が仲間でなく自分を選んでくれるまで、何度だって。
そうだ。何を難しいことを考えていたのだ。
傷つけないように、ぶんどる。
まさにそれじゃないか。
だいぶ感化されてるよなぁ、とエースは大きな麦わら帽子を被る弟の笑顔を思い出した。
けれどその変化を悪いことだとは思わない。
そうと決まればやることは多い。
大人になって水琴を仲間の元へ連れて行くその前に、水琴の気持ちをこちらへ向けさせなければ。
まずは修行だな、とエースは最近身が入っていなかった手合わせを反省する。
水琴は強いと言ってくれたが、海にはもっと強いやつらがごまんといることは承知している。
何があっても守ってやれるように。誰にも彼女を傷つけさせないように。
もっともっと強くなろう、とエースは決意した。
見てろよ。エースは心なし上機嫌に前を歩く小さな背中を挑むように見た。
いつか絶対、何年も放って置きっぱなしの奴なんかよりおれの方がいいんだって分からせてやるから。
エースの宣戦布告など知る由もなく。
水琴は澄んだ鼻歌を響かせながら、小屋までの道のりを弾むように歩くのだった。