第92章 宣戦布告
「いいって言ってるだろ。どっちみち審判はいた方がいいだろ」
「ハンカチ取るだけだからそんなに必要ないだろ。それに交代ですればいいだけなんだからお前が一人審判する必要もないだろ」
「いいよサボ。エースも疲れてるんだから、無理させることはないよ」
少し剣呑な雰囲気になりかけていたところに水琴の声が割って入る。
いつもよりも明るさを誇張しているような声は、どこか空虚に森へと響いた。
視線を向ければ目が合う。すると水琴は気にしていないというように緩く首を振り綺麗な笑みを浮かべた。
その笑みを見て、何故かエースの心はずきりと痛みを訴える。
「さぁ!最初はルフィからする?二人いっぺんでももちろんいいよ」
エースは審判よろしくね!と明るく告げる水琴は特に変わったところは見られない。
明るく、良く働き、子どもの我儘を仕方がないと笑って受け入れる、大人のそれだ。
「エース」
ルフィを先に行かせたサボがその背を追おうとして半身振り返る。
「お前の判断を、間違ってるって言うつもりはないよ。
だけど自分が何をしてるか分かってねぇんなら、俺はぶん殴ってでも止めるぞ」
それだけ言ってサボはルフィを追いかけていってしまった。
一人ぽつんと残されたエースは所在なく立ち尽くす。
言われた言葉が鉛となって胸に沈む。
「何が分かってねぇって言うんだよ……」
分かってる。
自分の気持ちは、帰りたがっている水琴には邪魔なもので。
傷つけないために忘れようとしていて。
さりげなく距離を取って、時間にただ身を任せている。
それ以外に何があるのか。
何故あんな非難されるような目で見られなければならないのか。
「なんなんだよ、くそ」
苦々しい気持ちを言葉と共に吐き捨てる。
綺麗な水琴の笑顔が何故か頭から離れなかった。