第91章 自覚
「水琴さん」
無事に用事も済み、さぁ帰ろうかと山へ戻りかけた水琴を呼び止める声があり、エースはやや剣呑な視線を声の主へ向けた。
視線の先ではやや気弱そうな男が小走りに駆けてくるところだった。
やってきた人物を認め、水琴が「ヨウさん」とその名を呼ぶ。
「どうしたんです?そんなに急いで」
「いや、村に来てるって聞いたもんだから」
「何か用事ですか?」
「その……これ、出来上がったから渡したくて」
そう言って男が脇に抱えていた袋から取り出したのはフライパンだった。
なぜフライパン?とエースが首を傾げたのに対し、水琴はぱっと顔を輝かせた。
「もう出来たんですか?もう少しかかると思ったのに」
「急ぎの仕事もなかったから」
「そんな、いつでもよかったのに」
ありがとうございます、と水琴が微笑み礼を言えば男は照れくさそうに視線を逸らす。
これは黒だなとエースの中で警鐘が鳴り響いた。
「水琴、なんだよそれ」
とりあえず水琴の意識をこちらに向けさせるべく声を掛ける。
純粋に、ただのフライパンで何をそんなに喜んでいるのだろうと気にもなっていた。
「これね、中に仕切りが付いてるの。色んなおかず作ってると何度も洗うの面倒だけど、これなら一回で色んな種類のおかず作れるから便利なんだ」
探してたんだけどなかなか売ってなくて困ってたんだよねと嬉しそうにフライパンをひっくり返している。