第91章 自覚
「やっぱ独立の時無理にでも引っ張ってくるべきだったか……?」
もはやどちらが年上か分からないようなことをぶつぶつと考え込んでいるうちにダダン一家の小屋の近くまで来てしまったようだ。
前方に見える掘っ立て小屋にエースは足を止める。
脳裏に浮かぶのはほわほわとした、危機感の薄い笑顔を振りまく水琴の姿。
「………これは、あれだ。様子見というか敵情視察というか」
誰に対しての言い訳か分からないことを呟きながら、エースはそっと小屋の中に侵入する。
伊達に長年過ごした住処では無い。物音立てずに侵入することなど造作もない事だった。
エースたちが独立してから貰ったという水琴の個室の前に立ち息を殺して中の気配を窺う。
傍から見れば完全に夜這い風景なのだが、純粋に水琴のことを心配しているエースはまるで気付いていない。
どうやら寝付いているようで、中の気配は静かなままだった。
そっと扉を開け中を覗き込む。
その部屋はエースたちが使っていたものだったが、同じ部屋でも使用者が違うだけでこうも雰囲気が変わるものなのか。
カーテンやシーツの柄、家具に飾られた小物などにより完全に女性の部屋となっていたその空間に、一瞬エースはたじろいだ。
動揺が出てしまったのか軽く扉が音を立てる。
やばいと思うが、もう遅かった。
「エース……?」
鼻に抜けた、舌足らずの声が自身の名を呼ぶ。
その甘さにエースの心臓は先程の動揺とはまた異なる高鳴りを見せた。
「どうしたの……?ルフィに、何かあった……?」
布団をゆっくりと押し上げ水琴が身体を起こす。
いつものきっちりとした装いではなく、寝心地の良さを追求したゆったりとした衣服は身体のラインを隠す代わりによりその手や首の細さを強調しているようで。
普段はひとつに結ばれている髪はしどけなく肩にかかり活発な印象を大いに塗り替えていた。
未だ夢の世界から抜けきれていない瞳が無防備にエースを見る。