第90章 船長勝負
「………?」
瞬時に襲われるかと思いきや、なかなか動かない時間に水琴は無理やり顔を上げる。
目の前では二体が殺気だって睨み合っていた。
どうやら獲物の取り合いを始めたらしい。互いに威嚇し合う様子にうまくいけば逃げられるかもしれない、と水琴の中に希望が生まれる。
しかしそんな希望も一瞬だった。
背後、崖の上から地響きが近づいてくる。地面を震わせ、上方から二体の傍に飛び降りてきたのは”三体目”だった。
岩のようなごつごつとした表皮。鞭のようにしなる巨大な尻尾。
鋭い爪が生える後ろ足で立ち上がり、それはワニのような歯をむき出しにして咆哮を上げた。
一応爬虫類の部類に入るらしいそれを初めて見た時、水琴はいや恐竜じゃんと突っ込みを入れた。
今は笑い飛ばす体力も気力もない。
どうやら水琴は走り回っている間に三体目の主の縄張りへと入り込んでしまっていたらしい。
三体目、”破壊者”は下方の二体をぎろりと睨む。
一回りも二回りも違うその主に他の二体は及び腰となり威嚇しながらも後方へと下がる。
もう一度破壊者が吼えれば、二体は一目散に逃げ去ってしまった。
助かったなどとほっとする者がいればそれは随分とお気楽者だろう。
水琴からすれば、自身を喰らうものが変わっただけに過ぎない。
唸り声をあげ、破壊者はゆっくりと振り返る。
そのぎらぎらとした目が正確に水琴を捉えた。
もう身体は全く動かない。
思考もぼんやりとして、何も考えることができなかった。
痛む胸を庇いながら浅い呼吸を繰り返す。
巨体が一歩、また一歩と水琴へと近づいてきた。
視界に見えるはずのない色がちらつく。
どんな場所でも、鮮やかに燃える、明るいオレンジ。
「___もう一度、会いたかったな」
滲む視界に、水琴はただぽつりとそう零した。