第90章 船長勝負
鉄臭い味が口に広がる。
喉は張り裂けそうに痛み、心臓は杭を打ち込まれたように熱く脈打っていた。
油断すれば恐怖に支配されそうになる心を必死で誤魔化し、水琴はただ無心になり目の前だけをひたすら見つめる。
もうどこを走っているのか、どこへ向かっているのか水琴には分からない。
ただ、あの三人から出来るだけ遠い所へと、水琴は走る。
「………ぁ、」
急に視界が開けた。
目の前にそびえ立つ崖に呆然と水琴は立ち尽くす。
逃げる場所も隠れる場所もない。
獲物を狙う主たちの息遣いがすぐ近くから聞こえる。
崖を背にするように水琴は二体へと向き直った。
じりじりと距離を詰めてくる主らに対して水琴は腕を掲げる。
小雨になったことで力はやや戻ってきているが気休めにしかならないだろう。
それでも諦める訳にはいかない。
たとえ結果がどうなろうと、最後まで足掻き切る決意で水琴は前方を睨み付けた。
「__っ」
飛び掛かろうと地を蹴った狩猟者に水琴は風をぶつける。
横から振りかぶられた巨大な腕は大きく横へ転がり避けた。
しかし力を使い果たした身体では瞬時に体勢を立て直すのは難しく、起き上がるのに時間を要した。
その僅かな間に森の王が突進してくる。
避けるのは難しい。咄嗟に水琴は風で自身を包んだ。
容赦のない突撃を受けるも風が緩衝材となり威力は軽減される。
それでもまるで車に激突されたような衝撃に水琴は崖へと叩き付けられずるずると崩れ落ちた。
あまりの衝撃に息が詰まる。
視界が揺れ、水琴は今自分が座っているのか横に倒れているのかも分からなくなった。
まるで夢を見ているように感覚が遠くなる。
ここで意識を飛ばしてしまえば、待つのは死だ。