第90章 船長勝負
目の前に鋭い爪が迫る。
それがどちらのものかも分からないまま、水琴は必死に横へと転がった。
「……これは、やばいかも」
息が乱れる。
満足に能力が使えない水琴など、そこらの一般男性にすら敵わない。
これだけ身体が濡れていれば風になり攻撃を避けることもできない。
完全に万事休す、絶体絶命だった。
「……っ」
しかし、それでも水琴は立ち上がる。
迫る死の恐怖に逃げ出したくなる心を抑え込み、目の前の脅威に立ち向かう気力の源泉は背後に感じる三人の気配だった。
たとえ能力が使えなくても。
刻んだ誇りに、恥じる行為はしたくない。
「__エース」
心に住まう太陽の名をそっと呼ぶ。
どれだけ雨に打たれようと。その姿を覆い隠されようと。
心の内に力強く輝く太陽は、決してその煌めきを曇らせることはない。
腕を上げる。雨は水琴から力を奪うが、小さな風くらいは起こせる。
主たちの鼻先を狙うように風を起こし、目をくらませると水琴は三人とは逆の森へと駆けだしていった。
***
「大丈夫か、ルフィ!」
「おい!水琴向こう行ったぞ!」
突然の土砂降りに力が入らずへたり込むルフィをサボが抱え上げる。
ルフィがこれでは水琴も同様に力を失っているだろう。
それなのに何故一人離れていったのか。そんなことは分かり切っている。自分たちを助けるためだ。
「__っ」
二体の主は水琴を追い森へと消えていった。今ならエースたちは安全に根城へと帰れるだろう。