第81章 薄紅に見る夢
「__風呂、空いたぞ」
「ありがと。じゃあ入ってこようかな」
エースも湯冷めする前に早く寝るんだよ、と言い置いて水琴は窓際から離れ浴室へと足を向ける。
「……なァ!」
「なに?」
勇気を振り絞り、エースは水琴へと向き直る。
不思議そうに首を傾げる水琴に、エースはうるさい鼓動を必死で宥めながら口を開いた。
「__お前、おれに何か言うことあるか?」
口を突いて出たのは、疑問を解消するにはやや遠回りな問い掛け。
けれど今のエースにはそれが精いっぱいだった。
曖昧な表現に水琴もエースの真意を図りかねたのか、少し黙って真剣なエースの瞳を見返す。
「__ううん。何もないよ」
そこから読み取れるのは自分の為にはぐらかす後ろめたさでも、エースの為に隠す気遣いでもなく。
ただ、本当に何も思い当たる節がない、純粋な否定だった。
予想していたどんな反応とも違う、けれど最もショックな返答にエースは言葉を失い立ち尽くした。
「エース?どうしたの、何か様子が変だよ」
「__変なのは、水琴の方だろ」
「え?」
「もう寝る!」
それ以上一緒にいたくなくて、エースは逃げるように自室へと駆けていく。
乱暴に扉を閉め、用意してあった寝床へと潜り込んだ。
静かな、自分だけの空間にエースは丸くなり閉じこもる。
「くそっ……」
胸が痛い。
話すか話さないか、などという次元ではない。
そもそもが蚊帳の外だったという事実が、エースの小さな胸を痛めつけた。
あぁ。
誰かの心に自分がいないと知ることが、こんなにも寂しく切ないものだとは思わなかった。