第79章 サボ
「エース」
名前を呼ばれはっと顔を上げる。
視線の先には心配そうにエースを見つめる水琴がいた。
「大丈夫?なんだか難しい顔してたけど…」
「……別に、なんでもねェよ」
「嘘だー。眉間にしわなんか寄せちゃって。せっかくのかわいい顔が台無しだよ」
「は?!かわいいとか言うなッ!」
「はいはい、ごめんね」
「お前謝るつもり微塵もねェだろ!!」
ぎゃあぎゃあとやりあう二人を交互に見て。
サボは、ははぁんと訳知り顔で頷く。
「こうなったら今日こそ勝ってやるからな!」
「いいけど。そう言い続けて今何敗目だっけ」
「……今日こそ、絶対だ!」
「その言葉忘れないように」
「お前こそ、約束忘れんなよッ!」
「……ははっ」
話をしていた時と同等、いやそれ以上に楽し気な水琴を見てサボは笑う。
「大丈夫、エースまだ勝ち目はあるって」
「お前は知らねェからそう言えんだ。こいつの能力まじで反則だぞ」
「へーそうなのか?なら俺も挑戦してぇな」
そうではないのだが、本人も無自覚なその気持ちを指摘するほど野暮ではない。
何も言わずサボはエースの言葉に乗る。
やる気満々の二人に水琴はしょうがないなぁと腰を上げた。
「ここじゃ狭いからいつもの場所でね。しっぽ取りでいいでしょ?」
「あァ」
「しっぽ取りってなんだ?」
「あのな、それぞれが色の違うハンカチを持って__」
連れ立って話しながらエースとサボはその場を離れる。
水琴は少し後ろを歩きながら、その小さな背中を見守っていた。
その瞳は先程と同様優しく、温かで。
「何してんだよ。置いてくぞ!」
「水琴、早く!」
「……うん、今行くー!」
声を掛け、振り向く。
先程まで話をしていた場所にはもう何もない。
「__もう少しだけ、待っててね」
絶対、帰るから。
それでも、この心地よい日常を、もうちょっとだけ。
先を行く二人を追いかける。
それに応えるように、草木がさわりと小さく揺れた。