第76章 海賊
再び静寂が戻った路地で、エースは座り込んだまま水琴を見上げる。
海賊が死屍累々と横たわっている中、水琴は静かに佇んでいた。
その静けさは一種異様で、張り詰めた空気にエースは息すら忘れその場に縫い止められる。
今の水琴は、途方に暮れていた迷子の姿でも、くるくると忙しなく動き回る山賊見習いの姿でもなく。
間違いなく、”海賊”としてのそれだった。
くるりと水琴が振り向き、反射的にエースは身をすくませる。
「__大丈夫?!」
身を固くしたエースに水琴はばっと駆け寄った。
「ひどい怪我…!どこか撃たれてない?頭はどうしたの?吐き気とかは…!」
「は……」
おろおろと泣きそうな顔でエースを窺う水琴はいつも通りの水琴だ。
先程までの雰囲気など見る影もない。
そのあまりのギャップにぽかんとエースは口を開ける。
「と、とりあえず医者に……!」
「落ち着け」
抱き上げようとエースへ手を伸ばしてきた水琴の頭をばしんと叩く。
「どこも撃たれてねェし、頭は少し打ったがなんともねェよ。だから慌てんな」
「で、でも手当てを……!」
「んなもん帰ってから出来る」
「じゃあ負ぶってっ」
「足は怪我してねェから自分で歩ける!抱き上げようとすんな!!」
「うぅ……」
しょぼんと落ち込む水琴を見てこいつほんとに同一人物かとエースは先程見た光景を疑った。
この目で見ていなければ、目の前の小柄な女が一人で大の男数人を、それも海賊をノしたなんて誰が信じるだろう。
ちらりとエースは倒れ伏したままの海賊へ目をやる。
「……死んだのか」
「ううん、死んでないよ。多分」
最後の多分が少し怖い。
「さて、保安官が来る前に行こうか」
地面から袋を取り上げ、エースへ渡しながら水琴は台車へ向かう。
「これ……」
「大事なものなんでしょう?」
にこりと水琴は笑う。