第76章 海賊
そこで初めてエースは恐怖を覚えた。
自分がいかに命の危険に晒されても覚えたことのない感情に、エースは動揺する。
自分の不始末で、自分が死ぬのは別にいい。
けれど自分のせいで、誰かが死ぬのは耐えられなかった。
__エースが海賊を嫌いで、弱い私のことを嫌いでも。
__私は、エースが好きだよ。
生きていてもいいのか、そんなことすら分からない自分を好きだと言ってくれた。
傷だらけになったエースを見て、憤ってくれた。
__エース
初めて向けられる、純粋で真っ直ぐな好意はくすぐったく、そして存外心地良く。
暗闇にいたエースの心を優しく照らし、温めてくれた。
そんな水琴が、今エースの前に立ち海賊と向き合っている。
熊に悲鳴をあげて、尻もちなんかついていたヤツが。
なんで、どうしてと浮かぶ疑問への答えをエースは知らず。
ただ、頼むから逃げてくれ、と思いを込めてエースは声を振り絞る。
「弱いくせに何言ってんだ!殺されるぞ!」
「……エース。確かに私は弱いよ」
背を向けたままの水琴は必死の思いで声を張るエースへ優しく声をかける。
その声はいつもの水琴のものだ。暖かい、陽だまりのような、争いとはまるで無縁のようなそれ。
「怖がりだし、鈍くさいし、すぐに叫ぶし、逃げようとするし。
___でもね」
ボタンを外しローブを脱ぎ捨てる。
露になった背中は小さいが、もっと大きなものを背負っているようにエースには見えた。
「大事なもの傷つけられて笑っていられるほど、私も負抜けてるつもりなんて無いの」