第76章 海賊
「__何してるんですか」
路地に似つかわしくない女の声が聞こえた。
視線だけ動かせば、ローブを着た細身の女が立っている。
……どこかで、聞いた声のような……
鈍く回らない頭でエースはぼんやりと思う。
ゆっくりと外されたローブの下から現れたのは見知った人間の顔だった。
つい一ヶ月ほど前からダダンのところに転がり込んだ、妙な女。
「水琴……」
「なんだ。女一人で一体どうするってんだ」
「俺達の相手でもしてくれるってかァ?」
下卑た笑い声が響く中、水琴の表情はピクリとも動かない。
「__もう一度聞きます。
……何、してるんですか」
海賊どもの笑い声が止む。
水琴から感じる空気が、ただの女ではないことに気付いたようだ。
「海賊様に盾突いたガキをいたぶってただけだ。偉そうに金を渡そうとしねェであんなおもちゃ振り回しやがって」
「お前あのガキの知り合いか?今さら謝ってももう遅ェよ。そのガキは悪ふざけしすぎた」
「__謝る?」
普段は優しく細められる水琴の目が鋭さを増す。
常とは違うひやりとした空気に、エースは水琴が今までにないほど怒りを覚えていることに気付いた。
「謝らなきゃいけないのは、そっちでしょう」
「あァ……?」
「小さな子ども相手に、大の大人が寄ってたかって大人気ない。しかも武器まで持ち出して、海賊が聞いて呆れる」
「っおい、馬鹿早く逃げろ!」
ようやく身体を起こしたエースの横を通り抜け、庇うように海賊へ対峙する水琴に向かって叫ぶ。