第74章 動き出した運命
__と、風に集中する水琴の背後に黒い影が揺れ、がさりと大きな音を立てた。
「………ん?」
嫌な予感がし、水琴は目を開け振り向いた。
「はぁ?!」
目の前には大人の背丈ほどもある熊。
冬眠から起きてきたのだろうか。苛立った目が水琴を見下ろす。
「!!!」
振り上げられた爪から咄嗟に水琴は距離を取り飛びのく。
しかし慌てて避けたせいで足が木の根に躓き、水琴は盛大にしりもちをついた。
「いたっ!!」
転んだことでさらに焦りが生じ、すぐに立ち上がろうとするがうまくいかない。
早くしないと、空腹の熊はすぐに水琴を襲うだろう。
迫る熊に風になれるということも頭からすっぽりと抜け落ち、反射的に水琴は目を瞑り頭を抱えこんだ。
ガッ!!
聞こえてきたのは予想外の音。
「……え」
見上げれば小さな子どもが熊へ鉄パイプで殴りかかっていた。
少し癖のある黒髪に、子どもにしては鋭い目つき。
「エース……?」
木の上から飛び降りてきたのだろうか。熊の額目掛けて振り下ろされた鉄パイプは正確に眉間を捉える。
しかし体重が軽いせいか思った以上に威力は出ず、熊は二、三歩よろけるが倒れるまでには至らない。
「ちっ!」
着地するとエースは再び地を蹴り熊の顎を狙った。
しかし一瞬早く熊の振り上げた腕がエースを薙ぎ払おうと振り下ろされる。
「危ない!」
冷たく光る爪に、咄嗟に水琴は風を生む。
風の勢いで弾かれた腕はエースの横の石をえぐり、
「おりゃぁぁああ!!」
エースの鉄パイプは今度こそ熊の顎へヒットした。
脳を揺さぶられ、熊は昏倒する。
難なく地面へ着地したエースはじろりと水琴を睨んだ。