第74章 動き出した運命
お前は誰だ、とマルコは静かに問う。
私は誰か。
情けなく震える水琴の心を叱咤するように真っ直ぐに射貫くその視線に、溢れそうになる涙をぐっと堪え口を開く。
「__私は、水琴。
白ひげ海賊団の伝令で、第一番隊隊長補佐の、水琴」
「そうだよい。海賊が、自由を恐れるな」
お前は風だ。
白い鯨が巡る海を自由に駆ける、何にも縛られない風。
「大丈夫だ。そんな簡単に変わっちまうほど未来も柔じゃねェよい。お前は俺たちの家族だ。絶対に見つけられる」
ぽんぽんとあやすように背中を軽く叩かれ早鐘のようだった心臓が徐々に落ち着きを取り戻していく。
何の根拠もない。けれど自信に溢れたマルコの言葉は今の水琴にとって暗闇で光る唯一の希望だった。
「俺も向こうで手段を探す。だから絶対に諦めるな」
「うん…うん……っ!」
温もりが次第に遠ざかる。
縋るようにきつく握りしめた服の感触も、段々と薄れていった。
「絶対に生き抜け。帰る場所があること忘れんじゃねェよい」
「……マルコ」
さっきまでマルコが座っていた地面にそっと触れる。
その手にぽつり、と小さな水滴が落ちた。
「……う、……っ!」
今まで堪えていたものが一気に溢れ、ぽろぽろと水琴の頬を流れ落ちる。
「うぅ……!」
ようやく希望が見えたと思ったら、それはあっさりと奪われてしまって。
再び一人となった水琴の心は完全に折れた。
「ふぅぅぅうううううう____っ!」
わんわんと、誰もいない森で水琴は泣き続けた。