第70章 一進一退……?
どうやらナースから何か聞いたらしい。急に顔を輝かせ、水琴は拳を握る。
「童話をモチーフにしたホテルがあるんだって!内装もすごく素敵で、まるで物語の中に入ったみたいに感じられるって!」
せっかくだからそこ泊まってみたい!と言う水琴に耳を疑った。
コイツ今なんて言った?
「__え」
「あ、でも人気だから当日急には難しいかな。朝ご飯もかわいいデザインで美味しいって評判らしいんだけど、エース知ってる?」
「いや……ちょっと待て」
おれか?おれがおかしいのか?
朝から悩んでいたのが馬鹿らしく思えるほどあっさりと”お泊り”を示唆する発言をかます水琴に頭を抱える。
「お前泊まる気なのか?」
「え?だってせっかくだからかわいい部屋で寝泊まりしたいじゃん」
まったく色を感じさせない表情に、分かってねぇなこいつ。とエースはその手を引き立ち止まった。
既にカジノ街へ入っており、細道を選んで歩いてきたためメインストリートの賑わいはここまでは届かない。
ひっそりと静まり返った脇道でエースは黒曜石の瞳をじっと見つめる。
「__この状況で、”心配しなくても部屋は二つ取るぞ”って言えるほど、人間出来てねェんだけど」
「………っ」
そう言えば、ようやく状況を悟ったのか。
耳まで赤くした水琴がそっと目を逸らした。
やっぱり想定してなかったよな、とエースは内心やや落胆する。
まぁだがこちらとしては想定内だ。外野はわいわいと勝手に盛り上がってはいたが、やっぱり無理に事を進めたくはない。
早く近づきたいという気持ちはあるが、何よりも水琴を泣かせるようなことはしたくない。