第68章 降り積もる” ”
「__はい」
『水琴かい?』
聞こえてきたハスキーボイスに水琴は予想していなかった人物の名を呟く。
「ベイ……?」
『あぁよかった。無事だったんだね。おやっさんから話を聞いた時は肝が冷えたよ。エースとはもう合流したんだろ?』
懐かしい声に水琴の張り詰めていた糸がプツリと切れる。
一度は収まっていた涙が、再びボロボロと零れ出した。
「ベイ……どうしよう、私っ……」
『水琴?どうしたんだい?』
「私……っ」
混乱した気持ちのまま、水琴は想いを吐き出す。
突然泣き喚き迷惑だろうに、ベイは一言も口を挟まずに静かに水琴が吐き出すのを聞いていた。
「この気持ちは、恋じゃないのに……っ、アリシアに、こんなこと思う資格、私には無いのに……っ」
彼女がエースに近づく度に、嫌だと思ってしまう。
知らない過去を見せつけられる度に、心が悲鳴を上げる。
恋をしているなら、嫉妬はあって然るべきだ。
だが、恋の下地の無い嫉妬は、ただただ醜いだけ。
知らなかった、知りたくなかった感情に、水琴は涙を零す。
『___そうかい』
しゃくり上げるだけになった水琴の耳に、あの時と同じ優しいベイの声が響く。
『大丈夫さ、水琴。そんなに、悩むようなことじゃない』
「どういう、こと……?」
『簡単なことさ。
__あんたは。恋の前に、愛を知っちまったんだねぇ』
穏やかな声が告げる言葉を水琴は心の中で反芻する。
愛。
言葉にすればたったの二文字。
けれどそれに込められた想いは、広く深い。
「__愛?」
私は、エースを愛しているのか。