第68章 降り積もる” ”
「エース、ちょっといいかしら」
食事を終え一息ついていると、アリシアがエースの肩にそっと手を掛けた。
「このあと少し話がしたいんだけど、時間いい?」
「あァ、いいけど」
「よかった」
エースの返事にアリシアの顔が華やぐ。
きらきらと光を湛える瞳に、紅潮する頬。
よく知るその表情に、水琴は彼女が恋をしていることを知った。
「__私、先に部屋に行ってるね」
かたりと席を立つ。振動で机の上のお茶に波紋が生まれた。
「部屋の鍵をもらってもいい?」
「えぇ。水琴は二階の端よ。その隣がエースだから」
「ありがとう」
鍵を受け取り部屋へと上がる。
シンプルだが清潔感漂う部屋で、水琴は久しぶりに一人の空間を得た。
「___っ」
ほろり、零れた頬を伝う涙に感じたのは”なんで”という一言だった。
「私、どうして……だって、エースは、」
家族、なのに。
水琴の想いとは裏腹に、涙は止まることなく溢れ頬を濡らす。
水琴がエースに抱いているのは、恋ではない。
だって私は、アリシアのような表情はできない。
叫び出したくなるようなときめきも高揚も持たず、あるのはただ暖かい陽だまりのような温もりだけ。
それなのに、なぜ。
どうして胸は張り裂けそうに痛むのだろう。
ぎしりぎしり、と階段を上がってくる音に水琴は身を強ばらせる。
上がりきった足音が反対側に遠ざかっていくのを聞き、安堵すると共にふと水琴はあの二人はどこで話をするのだろうと思い立った。
食堂でそのまま、というのは先程のアリシアの態度からもあまり考えられないだろう。
それならばアリシアの私室か、エースに宛てがわれた隣の部屋か。
窓に近寄り大きく開け放つ。日が落ちて少し涼しくなった外気が水琴の頬を冷やした。
__この気持ちが、どこから来るのか分からない。
だが、今は。二人がいるだろうここには、いたくなかった。
荷物を持ったまま、水琴は窓の外へ身を乗り出す。
一陣の風が吹き、カーテンを揺らした。