第68章 降り積もる” ”
「水琴」
入口で所在なさげに佇んでいた水琴にエースが声をかける。
動揺した気持ちを押し隠し、水琴は慌てて傍へ寄った。
「紹介すんな。こいつはアリシア。スペード時代の……まァ顔馴染みだ。アリシア。こいつは水琴。今の船の仲間だ」
「あら、可愛らしいお仲間だこと」
水琴を見てアリシアは綺麗に微笑む。
「水琴です、初めまして」
「アリシアよ。初めまして、よろしくね」
さぁ、席へどうぞ。と勧められる。
「部屋は用意しておくから、先に食べちゃって」
「悪ィな」
案内された席に着けば早速たくさんの料理が運ばれてくる。
まだ注文もしていないのに運ばれてくる品々に水琴は目を丸くした。
「え?これ……」
「どうせ端から全部食べちゃうでしょう?水琴は心配しなくてもいいわ、全部エースに払わせるから」
「払える量にしとかないと後悔するのはそっちだぜ」
「踏み倒せるなら踏み倒してみなさいな」
颯爽と去っていくアリシアの背中をエースが溜め息を吐き見送る。
「なんて言うか、綺麗な人だね」
「見た目に騙されるとあとが怖ェぞ」
ま、食おうぜとエースが料理に口をつける。
ぎこちなく笑いながら、水琴もまた料理を口に運んだ。
途端に口内に広がる旨味にぱっと表情が輝く。
「美味しい!」
「だろ?」
嬉しそうに笑うエースに、気持ちが落ち着くのを感じる。
きっと少し驚いただけだ。と水琴は先程の動揺を忘れようとした。
そうでなければおかしい。
だって、私はエースのことを、好きな訳では無いのだから。
ちゃぽん、とどこかで音が鳴る。
ゆらりと揺らいだ水面は、小石を飲み込み、元の静けさを取り戻す。