第65章 たとえ御旗は異なれど
そんな時、水琴は世界を越えた。
そうして出逢った、どこまでも自由で、強い彼ら。
役に立つものなど何も無い。むしろ迷惑しかかけない自分を必要としてくれた。
家族だと、言ってくれた。
「嬉しかった。この世界に来てよかったって思えるくらい」
元の世界に帰って、そのまま思い出に変わるならそれでもいいと思えた。
けれど現実はそう簡単にはいかなくて。
「この世界にはルールがあってね。元の世界に帰れば、全ては”無かったこと”になっちゃうの」
全て忘れる。
不思議な海や島々のことも、自分を家族だと言ってくれた優しく強い彼らのことも。
「嫌だって思った。消えて欲しくないって、すごく怖くて……」
少しづつ薄れていく記憶。
意志とは関係なしに、零れ落ちていく大切な欠片に恐怖し、後悔が心を満たした。
「元の世界は恋しいよ。シスターたちに会えないのは、すごく寂しい。
……だけどね、それは未練にはなるかもしれないけど、後悔にはならないの」
だけど、白ひげクルーのことを忘れ、また”ただのキャラクター”としか思えなくなる未来を想像すれば、そこには後悔しかなかった。
「ビビにとって、どちらが”後悔”で”未練”なのか、私には分からない」
「だけどね、どちらを選んだとしても、それはどちらかを捨てるって訳では無いと思う」
選ぶということには責任が生じる。
それは選んだ側に対してじゃない。
選ばなかった側に対してだ。
「私は元の世界を選ばなかった」
だから、水琴はこの世界で誰よりも幸せになる責任がある。
そうしてその責任を背負い、覚悟を持って選ぶのだ。
選ばなかった世界に恥じない自分であるように。
シスターに言われたように、何があってもこの世界で自由に生き、幸せになる覚悟でこの世界を。
水琴の話を、ビビはただ黙って噛み締めていた。