第64章 それはまるで慈雨の如く
両の翼を羽ばたかせ、どこまでも高く、高く飛んでいく。
愛する人が、街が、国が瞬く間に小さく過ぎ去っていった。
ただペルの周りに広がるのは青空と、国と共に在る厳しくも雄大な砂漠。
我、アラバスタの守護神、ファルコン
王家の敵を討ち滅ぼすものなり
天が白く光った。
大きな爆発音と、少し遅れて猛烈な風が吹き下ろしてくる。
風で飛んでくる砂を気にもとめず、ビビは口を抑え空を仰いだ。
幼い頃から、年の離れた兄のように接してくれた人だった。
時には厳しい時もあったが、根底に溢れる愛情とこの国を想い励む姿を慕い、暇さえあれば後をついて歩いて。
初めて背に乗せてもらい空から眺めた夕日はキラキラと輝いていて。
「………っ」
彼の最期の言葉が胸に刺さる。
一体私は彼に、どれほどのものを返してやれたのだろう。
耳に鋭く飛び込んできた銃撃音にビビははっと地上を見下ろす。
爆発の衝撃で生まれた静寂は一瞬で、国王軍も反乱軍も再び相手を討ち破ろうと武器を手に立ち上がっていた。
「そんな……どうして……っ」
あれだけの爆発。普通はどちらの勢力のものか、状況を探ろうと争いの勢いは止まるものだ。
それがまるで先程の爆発など何も無かったかのように、それぞれ目の前の敵を討つことだけに意識が持っていかれている。
異常な状況。
戦争が生み出す狂気は、完全にこの場を支配していた。
場に充満する異様な空気に僅か怖気付くも、ビビは手に力を込め時計台から身を乗り出す。
「__争いをっ 止めてください!」
これだけの騒音、これだけの戦場。
ビビの小さな声などまるで届かない。
しかしビビは声を張るのを止めない。
喉が張り裂け血を吐こうとも。
だってまだビビは何も返せていない。
彼が愛した国を、この街を、人々を。
一つとして、まだ取り返していないのだ。
ここで諦めてしまえば、彼の命を掛けた行為は何だったというのだろう。
「争いを……っ止めてください!!」
ビビは叫ぶ。
__信じて、待ってて。
何故か去り際の水琴の言葉を思い出した。