第64章 それはまるで慈雨の如く
煙が晴れ、視界がクリアとなる。
先程まで目の前で対峙していた海賊は影も形もなく、あとにはくたびれた砂ぞりだけがぽつんと残されていた。
静寂が包む海岸にスモーカーの葉巻の煙だけが揺らめく。
プルルルル、プルルルル
ふと懐から鳴り響く受信音にスモーカーは小型電伝虫を取り出した。
「__俺だ」
『スモーカー君?今どこにいるの』
予想通りの相手にスモーカーは現在の居場所を知らせる。
「バロックワークス所有の人工降雨船を見つけた。今すぐ船をよこしてくれ」
『回収だけなら近くを哨戒中の部下に行かせるわ。貴方は自分で戻ってきなさい。バイクがあるでしょう?』
勝手に飛び出して行ったのだから戻るのも勝手にしろと言う相手に対しスモーカーは二本目のタバコを加える。
「あー……”パクられた”」
『はぁ?』
予想外のスモーカーの言葉にひなは思わず声を上げる。
『パクられた?”白猟”の貴方のバイクが?』
「お前が俺を評価してくれるのは結構だが、ないもんはねェ」
未だギャーギャーと騒ぐ通信を一方的に切り、スモーカーは紫煙を吐いた。
__私がお礼を言いたいのは”海軍本部大佐”ではなく、”スモーカーさん”です
__最初から、狭い世界《先入観》で目の前のものを遠ざけたくはないんです
甘い考えだ。
この海を渡るのに、そんな考えでいてはあっという間に食い潰される。
だが、そんな甘い考えが。
あまっちょろい理想が、今一人の王女の元に集いこの国を動かそうとしている。
__見てみたくはないですか?奇跡が起こる瞬間を
「見せてもらおうじゃねェか、奇跡とやらを」
小型電伝虫を懐にしまい、スモーカーは踵を返した。