第64章 それはまるで慈雨の如く
この、常識外れの偉大な海に落ちてきてから。
水琴は初めてのことばかりだった。
今まで自分が持っていたちっぽけな世界《価値観》など簡単に壊されてしまって。
でも、新しく自身の中に生まれた世界は前よりもずっと輝いて見えた。
「海軍だろうと海賊だろうと。
王族だろうと平民だろうと」
たとえ、本来あるべき世界が異なろうとも。
「最初から、狭い世界《先入観》で目の前のものを遠ざけたくはないんです」
一歩踏み出せば、人生を変えるような出来事が待っているかもしれないのだから。
「__甘ェな。現実はそんなに甘くはねェ」
「甘っちょろくて結構です」
「その思想はいつかお前の身を滅ぼすぞ」
「そうかもしれませんね」
「……死にてェのか」
「まさか」
解せないというように眉を顰めるスモーカーに水琴は微笑む。
「そんな簡単に死ぬつもりはありませんよ。でも、死を恐れて想いを貫けなくなるのも嫌です。私、欲張りなんで」
__水琴はもっと、自分に素直になっていいのよ。
__あなたは、自由に生きていいの。
シスターの言葉が胸をよぎる。
せっかく海賊をやっているのだ。
出来るところまで、とことん自由に、自分に素直になろうと水琴は決めていた。
それがきっと、元の世界__シスターへ想いを返す唯一の方法だから。