第64章 それはまるで慈雨の如く
エースの炎で海水を大量に蒸発させ、スモーカーの煙と水琴の風で上空へと飛ばす。
煙と混ざることでそれらは雨の核となり、上空で冷やされ雨となり降り落ちる。
理屈だけ言えば簡単だ。中学生ですら分かる理科の内容。
だが、それを実践するのは言葉で言うほど容易ではない。
「……つ、疲れた…」
「さすがにきついな」
この国を包み込めるだけの雨雲を用意しようというのだからいくらエースと言っても疲れたらしい。
おそらく三人の中で一番能力を使っただろう。それでも水琴の方が体力を使い果たしているのだから彼のポテンシャルには感心するばかりだ。
「__よし。行くか」
「あ、ちょっと待って」
しばしの休息後、仕上げのために再びアルバーナを目指そうと立ち上がるエースを呼び止め、水琴は少し離れた位置にいたスモーカーへと近寄った。
訝しげに見やる彼に深々とおじぎをする。
「ありがとうございました」
「………」
「スモーカーさんのおかげで、ずっと早く準備が出来ました」
顔を上げれば随分と険しい表情のスモーカーと目が合う。
「__分からねェな」
見つめ返していればスモーカーはそう口を開いた。
「俺は海軍、お前らは海賊だ。なぜそう易々と近づく」
休戦は雨雲を作るまでだったはずだ、と暗に敵対関係へと戻ったことをスモーカーは伝える。
そう思っているのなら言葉のやり取りなどせず問答無用で捕縛すればいいのに、彼はそうしない。
だから水琴は気付かないふりをしてスモーカーとやり取りを続ける。
「お礼を言うのに離れていては言い難いですし」
「礼を言い合う間柄か」
「感謝を伝えるのに、海軍とか海賊とか、重要ですか?」
「………」
「私がお礼を言いたいのは”海軍本部大佐”ではなく、”スモーカーさん”です」
スモーカーはただ黙って水琴を見つめている。
得体の知れない何かを把捉しようとするかのごとく探る視線に、水琴はこれまでのこの世界での冒険を思い返す。
「海賊だからとか、海軍だからとか、色眼鏡で見ていたらつまらないと思いませんか」