第61章 決戦の舞台
「……エース」
彼を諫めるのは私の役目だろうと声を掛ける。その声に返答はなく、代わりに水琴の腕を掴む手に僅かに力が入った。
振り解けそうにないその手に小さく息を吐き口を開く。
「どこにも行かないから、放して。熱い」
「どっちにしろ暑いんだから同じだろ」
「火傷しても同じだって言える?」
「っ!!」
途端に手を振りほどかれる。勢い余って投げ出される手を引き寄せ、水琴はうっすらと赤くなった腕をぷらぷらと振った。
火傷は少し脅かしすぎたが、あのままアルバーナまで放してもらえなかったら低温火傷くらいはしただろう。
「怒ってくれるのは嬉しいけど、もうそろそろ拳引っ込めたら?」
「仲間が物扱いされたのを許せって?」
「私はもう気にしてない」
「お前が良くてもおれは良くない」
平行線の議論に今度は分かりやすく溜息を吐く。
分かっていたこととはいえ、彼にとって“異世界の民”の話題は水琴本人よりもタブーのようだ。
「分かった。それはいい。…でも、殺すなんて簡単に言わないで」
今までエースが一人も殺めていないとは言わない。
数多くの冒険の中で生死を掛けた戦いなど珍しいことではない。
命を狙われる極限状態の中で相手の生死を気に掛けるなど、よほど実力差がない限りは難しいことだと分かっている。
だから、殺すなとは言えない。
けれど明確に相手の命を奪うことを宣言してほしくなかった。
それが私のためというのなら尚のこと。
私なんかのために、エースの手を汚させたくはない。
「私はエースに、積極的に命を奪ってほしくない」
「__約束はできない。おれは海賊だ」
低く呟かれる返答に目を伏せる。
「けど、まァ…努力はする」
続けられる言葉に顔を上げるとばつが悪そうに目を逸らされた。
ずいぶんと柔らかくなった雰囲気に笑みを浮かべる。
「うん、ありがとう」
今はそれで十分だ。