第42章 琴瑟が奏でる音は
「なぁ、もう一回吹いてもらってもいいか」
「いいけど……この格好で?」
「嫌か?」
「嫌っていうか、吹きづらいかな」
水琴の答えにそっか、と納得したエースは水琴を腕の中に抱えたまま軽々と動き近くの段差へ座り込む。
「じゃあこれは」
「……あの、離れるって選択肢は……?」
「無いな」
無いのか。そうか。
なら仕方ない。
どうやらいつもよりも甘えたなエースにこれ以上突っ込むのは諦め。
水琴は背後から抱きしめられた状態のまま、もう一度横笛を構えた。
再び先程と同じ音色が空に溶けていく。
何度か繰り返し吹いていれば、ふと背中に重さがかかった。
「エース?」
返事はない。密着した身体から伝わる呼吸からエースが寝入ってしまったのが分かった。
「どうしよう……」
水琴の細腕ではエースを運ぶなどまず無理だし、人に頼むにも誰も通り掛かる気配はない。
まぁいいか、と水琴は同じようにエースに背を預け身体を休めた。
冬だから気温は下がっているが、エースのおかげで寒くはない。
伝わってくる心臓の音に、生きているのだと実感した。
目を閉じる。
__この気持ちは、恋ではない。
あのような熱く、燃えるような、激しい感情ではない。
けれど。温かい木漏れ日のような、心地好い想いは確かに存在する。
なら、それでいいじゃないか。
無理に名前をつける必要は無い。
今の私たちには、きっとこの関係が一番心地良いのだ。
もう少しだけ。
宴が終わり、明日が始まるまで。
心地好い熱に寄り添いながら、水琴はただ目を瞑っていた。