第42章 琴瑟が奏でる音は
「実は最近オルガン以外にも横笛を始めたんだ」
「へェ、吹けるようになったのか?」
「一曲だけ。誕生日祝いに聴いてくれる?」
横笛を取り出せば聴く姿勢に入る。
こちらを向くエースの視線を感じながら、水琴は構えて大きく息を吸った。
澄んだ音色が響き渡る。
ゆっくりとしたテンポでのびのびと広がる音は静かな夜の闇に溶け、夢の世界へと変えていく。
この曲は元の世界で有名なアニメ映画の主題歌。
ゆったりとしたメロディーと抽象的な歌詞が映画の雰囲気に合っていて、初めて映画館で聴いた時とても感動をしたのを覚えている。
あまりに気に入り過ぎてアニメスタジオのCDや楽譜まで買い、何度も繰り返し聴き練習したものだ。
映画自体も素晴らしく、特に炎の悪魔と彼の関係には涙が零れた。
もう観ることはないけれど、せめて忘れないようにしたいとまず初めに練習を始めたのがこの曲だった。
歌詞が頭の中に流れる。
解釈は人それぞれあるけれど、そういえばこの曲はもう会えない誰かへの想いと、未来への希望を歌ったような歌詞だった。
一節一節のフレーズを思い出しながら、もしかしたらエースはルージュさんのことを思い出していたのかなと思い付く。
ポートガス・D・ルージュ。
エースの母親で、彼女はエースを産んですぐに亡くなってしまった。
エースはルージュのことを知らないだろうけれど、話には聞いているだろう。
誕生日にあんな表情をしている理由として、思い付くのはそれくらいだった。
もし、そうだとしたら。
届けたいと思った。
彼女の代わりに、その想いを。