第40章 風の呼ぶ声
モビーディックの通路を足取り軽く歩く音が近づいてくる。
複雑に入り組む階段や通路にも迷う素振りを見せないその足音はすぐそばでピタリと止まり、ひょっこりと水琴が顔を出した。
「サッチ、お疲れ様。マルコが書類の件どうなったって、探してたよ」
「うわ、マジか。ありがとさん」
マルコは船長室だから、よろしくーと声を掛け水琴が何やらメモ帳に印をつける。
「えっと、次は……」
「……水琴ちゃんさぁ、よく分かったな。俺がここにいるの。
自分で言うのもなんだが、そうそう人がいるような場所じゃないぜ?」
サッチがいたのは、はめ込み型の巨大水槽の上部。
ポンプや水温調節設備を点検するため少し前から篭っていたのだが、ここの管理は専門の整備士がいるので当番というわけでもなく、少し気になり来ただけであり誰かに告げた訳でもない。
なのに探し回ったという風でもなくそこにいるのが当然というように声を掛けられ、サッチは顔にこそ出さなかったが驚いていた。
「うーん、なんとなくこっちかなと思って」
水琴はといえばサッチの驚嘆にはまったく気付いておらずのんびりと返す。
モビーディックは1600人あまりを収容する巨大船だ。
クルーの一部は他に複数所持している小型モビーにローテーションで乗っているので実際にはもう少し少ないとはいえ、船室だけでなく、長い航海を問題なく過ごすための設備や必要物資の貯蔵庫など数多く存在する。
そのため広さも並の船とは比べ物にならない。
その中から特定の人物を情報無しで探すことがどれだけ難しいか、水琴はきっと理解していないだろう。