第39章 力の重さ
この場に水琴を知る人間はいない。
たとえ黙って成り行きを見守っていても、誰にも責められることはない。
いや、事情を知っている者なら、水琴が動かなくても誰も責めないだろう。
ここには水琴よりも頼りになる大人がたくさんいる。子どもを助けるために動いている人がたくさん。
なら、確かでない策で場を掻き回すべきではない。
このまま、大人しく見ていればいい。
___そう、このまま、静かに
「ママぁ……っ」
助けを求める子どもの小さな声が、水琴の耳には大きく響いた。
「___っ」
気づいた時は、足が前に出ていて。
人混みをかき分け、水琴は騒ぎの中心に躍り出た。
突然飛び出してきた見知らぬ女に、大人たちは動きを止め水琴を見る。
「どうした、お嬢さん」
心臓が早鐘を打つ。
浅くなる呼吸を必死に整え、水琴は勇気を振り絞り口を開いた。
「__あのっ」
突然強くなる潮風に髪があおられ手で抑える。
突風はその場の人々を、そして大木を大きく揺らした。
葉が風を受け枝が大きくしなる。
水琴の視線の先で子どもが手を放すのが見えた。
考えるよりも先に身体が動く。
頭の中からは先程まで渦巻いていた思考の一切が消えていて。
ただ、助けなければと。
足が地を蹴る。身体が風を受け下方へと引っ張られる。
伸ばす手の先、地面を背にして子どもが水琴を見た。
___お前の手はただ傷つけるだけじゃねェだろ
「お願い……っ」
___ちゃんと、守ることを知ってる手だ
「届いて………っ」
地面が近づく。精一杯伸ばした手は空を切るばかり。
「__届けぇぇ!!!」
風が、水琴の身体を包んだ。