第36章 炎より風は生ず
「女はどうした!!」
「そ、それがどっかに消えちまって…!」
「逃げたか…おい、さっさと探せ!」
怒りの感情を吐き出す船長の耳がククク、と不釣り合いな笑いを捉えた。
その発生源を冷たく見下ろす。
「……なに笑ってんだ」
「いや、あんだけ能力者になるって息まいてた奴が、横から掻っ攫われて慌てふためく様子が笑えてな」
先ほどとは一変し、不敵な笑みで船長を見上げる。
「__“いい女”に一本取られた気持ちはどうだよ、なァ船長?」
「…てめぇ、調子乗るんじゃねぇぞ」
がちゃり、と海楼石の弾丸が入った銃をエースに向ける。
確実にその弾丸はエースの身体を貫くだろうが、不思議とエースは怖くなかった。
水琴が逃げられたと知っただけで、もう十分だ。
あとは親父たちがどうにかしてくれるだろう。
来るべき衝撃を予想し、それでも銃口から目を逸らさずまっすぐに睨みつける。
だから、気付いた。
船長のすぐ後ろ。
巨大な風が生まれ、一瞬長い黒髪が揺れたのに。
ゴォッッ!!!
ものすごい質量の突風が船長を襲う。
まるで巨人に突進されたような勢いで船長は横に吹っ飛んだ。
「エース!!」
予想していなかった展開にエースはぽかんと目を丸くする。
「……水琴?」
「大丈夫?今、縄を……!」
ざぶざぶと湖の中へ入りエースの傍へ寄ると、水琴はエースの拘束を解こうとする。
その指が水の冷たさ以外の原因で小さく震えていることに気付き、エースは声を上げた。
「水琴、早く水から上がれ!お前、実を…!」
「いいから黙ってて!」
もたもたと縄をさぐるが、水が染みたせいで結び目はさらに固くなっている。
水琴の顔がだんだんと蒼くなっていく。
「女ぁ……」
ゆらり、と岩陰から吹っ飛ばされた船長が立ち上がった。かなりの勢いでたたきつけられたのだろう。頭からは血が流れ、服はぼろぼろだ。
怒りに血走った眼からは先ほどまでの余裕は一切感じられない。