第36章 炎より風は生ず
「まぁその前にそろそろ時間だ」
「__何する気だ」
「能力のお披露目さ。神秘的な洞窟、仲間も守れず無様に死ぬ火拳!初舞台としては文句なしのシチュエーションだろ!」
どうせそんなこったろうと思った、とエースは毒づく。
しかしこれは逆にチャンスだ、ともエースは思った。
先ほどまでのこいつの言動から察するに、こいつはきっと形から拘る奴だろう。
それならば初の能力のお披露目に、こんな地底湖の端っこなど選ばない。
少なくとももっと目立つ、甲板や地底湖の中央か。権威を精いっぱい主張できる場所へ移動するはずだ。
いったん水から上がれば、完全ではないが力が戻る。
能力者のことをよく知らないのであれば、弱ったふりをすれば気付かれることも少ないだろう。
そう判断しエースはじっと機会を伺おうとしたが、次の言葉で冷静な思考は吹っ飛んだ。
「水琴、とか言ったか。あいつもいい女だったな。お前の女か?」
「てめ…っ、水琴に何した!」
“だった”と過去系の言葉にあらぬ想像がよぎり思わず殺気が漏れる。
力の入らないはずの身体を拘束する縄がみしりと音を立てて軋んだ。
「そう怖い顔をするな。まだ無事だ。まだ…な」
嫌な笑みを浮かべる。
「能力の初の犠牲はお前だが。それだけじゃつまらねぇな。お前の目の前であの女殺してやったらどんな顔すんだろうな、あの火拳がよぉ」
「……てんめェェェェ!!!!」
エースの咆哮が響くのと同時。
方角で言えば、目の前の船長の船が止まっている方から大きな音が響いた。
それはちょうどサイクロンに突入したような、巨大な自然の猛威のそれ。
思わず同時に船の方向を見る。
「な、なんだ……?!」
船長が驚愕の声を上げる。無理もない。視線の先では比喩ではなく、巨大なサイクロンがまさに船を襲っているところだったから。
「洞窟内でサイクロン…?」
どう考えてもおかしい。疑問を覚えるエースの頭に先ほどの悪魔の実の話がよぎる。
……まさか、あれは。
「せ、船長っ!!」
「何事だ!」
「そ、それがあの女が悪魔の実を…!!」
「んだとぉ…!」
やってきたクルーの報告にやっぱり、とエースは確信する。
あれは、水琴の仕業だ。