第29章 帰ってきた日常
「ただいま」
教会横の施設の扉を開ける。
本来ならもう施設を出て独り立ちをしなければならないところだが、事件のこともあり落ち着くまではここで過ごすことを認められていた。
決まっていた仕事も断りをいれ、家で弟妹たちの世話をして日々を過ごすのが今の水琴の日常だった。
「おかえりなさい」
荷物を下ろしていると奥からシスターが水琴を出迎えた。
「無事に渡せた?」
「うん。ごめんね、急に京都に行くなんて言って」
「いいのよ。今のあなたには必要なことだったのだから」
シスターの優しい瞳がつい半日程前に会っていた老婦人のものと重なる。
__あらまぁ。あの人ったら。こんな可愛らしいお嬢さんに言伝を頼むなんて。
__水琴さん、だったかしら。手紙を届けてくれてありがとう。
兄が幸せだったことが分かって、良かったわ。
丁寧に何度も何度も手紙を読み、顔を上げた彼女の瞳にはうっすらと光るものがあった。
それを見て初めて水琴はようやくすべて終わったのだと感じた。
あの世界にまつわるすべてのことが終わってしまったと。
「あー!水琴お姉ちゃんだ!」
「おかえりー!ねぇねぇ、これ描いたの、見て見て!」
「ただいま。ちょっと待ってねー。準備してくるから」
水琴の帰宅に気付いた弟妹たちがわらわらと集まってくる。
それに笑顔を返すと水琴は荷物を置いてから彼らの下へ向かった。
「庭でボール遊びしようよ」
「えー、鬼ごっこがいい!」
「縄跳びしようよ!」
「はいはい。順番ね」
賑やかな彼らといると気が紛れる。
無邪気に自分を慕う様子に水琴はこれでよかったのだと自分に言い聞かせる。
「さー遊ぶよ!何からする?」