第29章 帰ってきた日常
定期的な振動が水琴の体に伝わる。
窓の向こうに流れる景色を眺めながら、水琴はスマートホンをいじる。
『__半年間行方不明になっていた高校生が無事保護され、早くも一月が経とうとしています。
保護された少女は行方が分からなかった半年間のことを“全く覚えていない”と証言しており、
検査を受けた病院では心因性記憶障害の可能性もあると診断が下されているようです。』
出入り口の上部に設置された液晶からはニュースが流れていた。
かっちりとしたメイクとスーツをまとった女性が淡々と原稿を読んでいくのを耳の端でとらえる。
『警察も誘拐事件として捜査を継続していますが、今のところ有力な情報は見つかっていません。
一刻も早く少女がこの事件を忘れ、元の日常に帰れることを願います。』
電車がゆっくりと速度を落とし止まる。
開いた扉から水琴は駅に降り改札を抜けた。
住宅街を抜けていくと目の前に小さな教会が見えてくる。
「元の日常、か……」
一月前、水琴は教会から少し離れた場所にある自然公園の池の傍で倒れているところを通りかかった散歩中の住人に発見され保護された。
半年もの間行方不明となっていた水琴は生存が絶望的と言われていたため、新聞社はこぞってニュースに取り上げ、渦中の水琴も取材の対応でこの一月は怒涛の日々だった。
ようやく水琴の周りも落ち着きを取り戻していたが、水琴の中は元の通りかと言われればそうではない。
元に戻ることなどないだろう。