第106章 穏やかな日常と不穏な陰
冷たい何かが腹の中を滑る水琴の背を力強く誰かが叩く。そのかなりの衝撃にあいたっ!!と水琴は悲鳴を上げた。背後の犯人をきっと睨む。
「ちょっとエース!急になに__」
「別に向かってくるならぶん殴ればいいだけの話だろ。大袈裟なんだよ」
それより先行くぞ。と文句を言う水琴を置き去りにさっさと歩いていく。中途半端に振り上げた拳はエースからかけられた言葉に下ろし時を見失ってしまった。既に遠ざかってしまったエースの背をぽかんと見送る。
「お前な。慰めるにしてももう少し言葉を考えろよ」
「別に慰めたわけじゃねェよ。事実だろ」
先を行くデュースとエースのやり取りにやれやれと他の面々も続く。残された水琴にフランは穏やかに微笑みかけた。
「大事に思われているのですね」
「そう、かな……?」
彼の言葉から、気遣いや心配といったものは感じ取れない。彼の言葉はそのままの意味なのだ。他意も裏も何も無い。
だがそんなエースの飾らない一言は、水琴の中に巣食う恐怖を確かに吹き飛ばしてしまっていた。
地面にしっかと立つ足を見る。前を向けば仲間たちは少し離れたところで待っていた。
「いつまで突っ立ってんだよ。置いてくぞ」
ぶっきらぼうなエースの言葉に水琴は今行く、と駆け出した。
***
「少し休憩しましょうか」
出店が立ち並ぶ区画へ入るとフランがそう提案した。
ちょうどよく置かれたベンチに思い思いに座り疲れた足を休める。
「リリィさん」
出店で買った飲み物で喉を潤していたリリィは隣に腰かけたフランを見上げる。
「昨日の歌のことなんですが」
どのように話を切り出そうか考えていたリリィは唐突にもたらされた本題にやや身構えた。周囲にいたメンバーも続くフランの言葉を静かに待つ。そんな彼らの視線を受け、フランは真剣な面持ちでリリィを見つめた。