第106章 穏やかな日常と不穏な陰
微睡みの中、水琴は澄んだ鐘の音で目を覚ました。ぼんやりとしていた思考が霧が晴れるようにはっきりとし、心地の良い穏やかさが心を占めていく。
朝が得意とは言えない水琴にしては珍しく気持ちの良い目覚めに、体を起こし窓から外を見る。
鐘の音は町中に響き渡っていた。その音を合図とするように、通りのあちこちから活気のある人の声が聞こえてくる。
しばらくその様子を眺めていた水琴だが、隣のベッドがモゾモゾと動いたことに気付き室内へ視線を戻す。その先では体を起こしたばかりのリリィが眠たそうに目を擦っていた。
「おはよう。よく眠れた?」
「うん、おはよう。この音は__?」
「どこかで鐘が鳴っているみたい。素敵な音だね」
「ん……」
まだ寝ぼけているのか、曖昧に相槌を打つリリィに苦笑して髪を梳いてやる。いつも朝はしゃっきりしていたリリィのこの様子は珍しい。きっと連日の船旅で疲れが出たのだろう。
覚醒しきらない彼女の世話を焼きながら身支度を整え、階下の食堂に降りれば女将が朝食の準備をしてくれていた。
「おはようございます。良い朝ですね」
「そうだろう。あの鐘のおかげで毎日良い気分で仕事に取りかかれるんだよ。三年前に王様が城に設置して鳴らすようになったんだけど、良い音だよねぇ」
きっと名のある芸術家が作ったに違いない、と国民を誇る女将を手伝い料理を並べていれば他の仲間も降りてきた。一気に場が賑やかになる。
朝食を終える頃に約束通りフランが宿に現れ、水琴たちは町へ繰り出した。放射線状に伸びた通りを歩きながら彼の丁寧な解説を聞いていると、昨日までは何の変哲もない造形物だと思っていたものが急に意味のあるものに見えてくるのだから不思議だった。