第105章 芸術の島
そんな彼女に大きな手が助け舟を出す。優しくその背に手を添えたダグは、この子が貴方の曲を気に入ったようだ、と青年に話しかけた。
「それは光栄です」
「絵が飾っているのはよく見たが、音楽を生業にする者は初めて見た」
「この町は絵画や彫刻を手掛ける者が多いので、音楽家は珍しいかもしれませんね。観光ですか?」
「そんなところだ」
青年とダグが話すうちに決心がついたのか。あの、とリリィが話しかける。
勇気を振り絞った少女に青年は優しい瞳を向け、続きを待った。
「最後の曲……あれは、なんていう曲ですか?」
「あの曲に名は無いんです。元々母が口ずさんでいたものを私がアレンジしたものなので」
「お母さんが」
「はい。母の故郷の歌だとか」
「__もう一度、弾いてもらえますか。あの、少しだけでいいので」
「もちろんです」
脇に置いたハープを青年が構える。その細やかな指が弦を弾けば、再び優美な調べが響き始めた。
目を閉じ、リリィはその曲に聞き入る。脳裏に浮かんでいるのはかつての親子の触れ合いだろうか。生まれ故郷の村での日常だろうか。
「___、」
なぞるように、その小さな口から歌声が響く。
透明感のある声が旋律と絡まるのに気付き、青年ははっと顔を上げた。
今日初めて聞いたはずの自らの曲にリズムを乱すことなく音を重ねるリリィを信じられないというように見つめる。
「貴女は……」
何故、この曲を?
演奏を止めそう言外に問う青年の視線を受け、リリィは確信をもって青年を見上げる。
その目にもう迷いは無かった。歌を通して彼との繋がりを確かなものにしたリリィはより核心に迫るための言葉を紡ごうと息を吸う。
そんなリリィに被せるように、時間だ、と叫ぶ雄々しい男の声が響いた。